映画『ウィキッド 永遠の約束』感想|善と悪ではなく「立場」の物語だった

映画感想

ミュージカル映画『ウィキッド 永遠の約束』を観て感じたのは、善と悪ではなく「立場」の物語だった。

※この記事には映画のネタバレが含まれます。

※この記事は『ウィキッド』徹底解説シリーズの第1弾です。

(感想編 / 考察編/伏線編

映画『ウィキッド 永遠の約束』は善と悪の物語ではない

映画を観終わったあと、頭に残ったのは
「これは善と悪の物語だったのだろうか」という疑問だった。
「WICKED」誰が悪だったのか?

この物語は、よくある正義と悪の対立ではない。

むしろその逆で、
それぞれの立場が生んだ物語だったように思う。

前作冒頭での「人は生まれつき悪いのか?
それとも悪になるのか?」の問い。

今思うのは、
人は生まれつき悪いのでも、悪になるのでもなく、
社会による偏見や排除など、
「立場」によって悪にされるのではないかということだ。

「善」の反対は「悪」ではなく、
「善」の反対は、また別の「善」なのかもしれない。

孤独だったエルファバと、人気者グリンダ

エルファバは強く、正しくあろうとする。
社会の理不尽に怒り、権力に抗い、
自分の信じるものを守ろうとする。

一方グリンダは、明るく無邪気な人気者。

可愛くて天然で、少し軽い。

でも、そんな二人が出会ったことで
物語は動き出す。

前編の感動をもう一度。サントラで余韻に浸ってください。

心を掴まれたダンスのシーン

前半『ウィキッド ふたりの魔女』で
印象的だった、舞踏会でのダンスシーン。

みんなに笑われながら、
エルファバが一人で心細く踊る姿は、
とても寂しく、居場所のない悲しみを感じさせた。

でも、それを見たグリンダが思わず加わる。
同じ振り付けを真似て。

エルファバとグリンダ。

すると、微笑ましく楽しい空気に変わる。
周りのみんなもそのダンスに加わっていく。

あの瞬間、
エルファバに初めての味方ができ、
二人の友情が始まったのだと思う。

UnlimitedからLimitedへ

前作のデュエットで二人は歌っていた。

「二人なら無限(Unlimited)」

これからの未来は無限だと信じていた。

でも今回、エルファバは歌う。

「私は限界(Limited)」

無限だったはずの未来が、
社会から拒絶される絶望によって、
少しずつ切り取られていく。

そして、
最後のデュエット「For Good」

それは、一緒に生きる友情ではなく、
違う道を行く友情だった。

ソウルメイトのように理解し合っているのに、
同じ場所にはいられない。
同じ道を共に歩めない。

未来は一緒じゃないけど、
あなたに出会えて人生が確かに変わった。
出会えてよかった。

そんな想いが伝わってくる歌だった。

あのデュエットは
前作の嬉しい涙ではなく、切ない涙だった。

善意でも悲劇は起きる

この物語の残酷なところは、
善意でも悲劇は起きるということだ。

グリンダは悪人ではない。
むしろ優しい。

でも、ちょっとした善意が
思いがけない連鎖を生み出す。

何気ない冗談。
軽い気遣い。
その場の空気。

そういうものが、
少しずつ誰かの運命を変えてしまう。

誰かが完全な悪だったわけではない。
それなのに、結果として悲劇が生まれる。

それは重いけれど、
だからこそ、現実の世界にも通じる真理のように感じた。

エルファバの物語に見えて、グリンダの物語

最初のグリンダは、
可愛くて天然で、少し空気が読めない愛されキャラの人気者だった。

でも物語が進むにつれて
彼女は大きな決断をする。

エルファバには理解者がいる。
愛する人もいる。

でもグリンダは違う。

彼女は
世界を守るために、一人オズに残ることを選ぶ。

だからこの物語は、
エルファバの物語に見えて、

実は
グリンダの成長の物語なのかもしれない。

もう一度最初から観たくなる映画

観終わったあと、ふと思った。

もしもう一度最初から観たら、
きっと見えるものが変わる。

あの何気ないシーンも、
あの小さな伏線も。

全部が、違う意味を持って見えてくる気がする。

この映画を考えるうえで欠かせないのが、グリンダという人物の存在だ。
次の記事では、彼女の視点からこの物語を考えてみたい。

次は、特に印象が変わったグリンダの心理について深掘りしました。→【考察記事へ】(近日公開予定)


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劇中の圧倒的な歌唱力をもう一度。ぜひサントラで余韻に浸ってください。

あの感動のデュエット「For Good」も、何度でも繰り返し聴けます。

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