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⚠️ ネタバレに関するご注意
この記事には小説『消滅世界』の核心に触れるネタバレが含まれています。
未読の方はご注意ください。
読み終えた後、「普通」という言葉の根拠を探した。
「夫婦とは」「家族とは」「性とは」。普段は問わなくても済む問いが、この小説を読むと突然浮かび上がってくる。
怖いというより、足元が少しずれたような不安定な感覚。
それが村田沙耶香さんの引力だとあらためて思った。
- 「普通」や「常識」を疑う物語が好きな人
- 『コンビニ人間』が刺さった人
- ディストピアともユートピアとも言い切れない世界観を味わいたい人
- 読後に価値観が少し揺らぐ小説を読みたい人
- 家族・性・恋愛の「当たり前」を考え直してみたい人
あらすじ
近未来の日本。子供は人工授精でつくるのが当たり前になり、夫婦間のセックスは「近親相姦」としてタブー視される世界。性欲の向かう先はもっぱら二次元(アニメや漫画のキャラクター)だ。 主人公・雨音はその世界で育った女性だが、母から「父とは大恋愛で結ばれ、セックスして雨音を産んだ」という話を繰り返し聞かされてきた。その「古い価値観」への憧れを内側に持ったまま成長し、結婚し、やがて「モデルシティ」と呼ばれるより急進的なコミュニティへと移住する。モデルシティでは、家族という概念もさらに変容していた。「夫婦」という特別な絆より、気の合う人々が集まるコミュニティが「家族」になる。 雨音は新しい世界に順応していく過程で、「自分は今何を選んでいるのか」「何が自分の本当の欲望なのか」という問いが、じわじわと浮かび上がってくる。
この小説の世界設定
村田沙耶香さんが描く近未来の社会は、段階的に変容している。
現代に近い段階
セックスレスが一般化し、子供は人工授精でつくることが標準になっている。夫婦関係は「パートナーシップ」として機能するが、性愛は二次元へ向かう。
モデルシティ
「家族」の形がさらに崩れる。気の合う人たちが集まるコミュニティが家族機能を担う。男性も人工子宮を持ち妊娠・出産できるようになる「妊夫」の概念が登場する。
その先の未来
「夫婦のセックスは近親相姦」という感覚が定着する。「性」という概念自体の輪郭が溶け始め、世界はさらなる「消滅」へ向かっていく。
この段階的な変容の描き方が巧みだと思う。
「突然の未来」ではなく、「現在の延長線上にある未来」として設計されているため、読んでいる途中で「今の日本もそのルートを辿っているのかもしれない」という感覚が生まれる。
『コンビニ人間』との共鳴
正常と異常は誰が決めるのか
村田沙耶香さんの代表作『コンビニ人間』と並べて読むと、この小説のテーマの輪郭が鮮明になるように思う。 『コンビニ人間』が描いたのは「社会の規範に適応できない個人」の話だった。しかし『消滅世界』はその逆を問う。「社会の規範そのものが変化したとき、何が正常で何が異常か」という問いだ。 「どこまでも正常が追いかけてくるの。ちゃんと異常でいたいのに。どの世界でも正常な私になってしまう」。雨音のこの言葉は、この小説の核心をついているように思う。新しい世界に移っても、また「普通の人」になってしまう。「普通」は固定したものではなく、どこにでも生まれてくる。その性質への疲労感が、この一言に凝縮されている。 「正常とは多数決で決まる」という観点から見れば、モデルシティの常識は「正常」だ。しかし雨音の内側には「古い価値観」への残り香がある。どちらが「本当の自分」なのか。そのざらつきが、この小説の核になっている。
「普通」は絶対的な基準ではなく、環境が変われば簡単に姿を変える。
この一言が、本作全体を貫く。
そして人は、その新しい「普通」にも適応してしまう。
⚠️ 以下、物語の核心に触れるネタバレを含みます。
母と娘で受け継がれる「普通」という呪い
この小説を「セックスレス社会のSF」として読むこともできるが、もうひとつの読み方として「母と娘の物語」があると思う。
雨音の母は、変わりゆく社会の中で「古い愛の形」。性愛を通じた夫婦の結びつきを守ろうとした女性だ。雨音は母の語る「大恋愛」に憧れながらも、自分自身はその世界から遠ざかっていく。母から受け継いだ価値観と、自分が生きる世界の常識の間で引き裂かれる雨音の葛藤は、「世代間の価値観の断絶」という普遍的なテーマと重なる。
母は「愛し合ってセックスして子どもを産んだ」という物語を繰り返す。それは「古い価値観の押しつけ」とも「愛の記憶の継承」とも読める。 雨音がモデルシティへ移住することは、母の価値観からの「逃亡」であり、「自分の世界を探す旅」でもある。しかしそこでも「正常」に吸収されていく。 「家族が消滅する世界」において、最後まで残るのは「母と私」という最も原始的な紐帯なのか。
あるいは、それすら「消滅」の対象なのかという問いが残る。
「消滅」するのは何か。
タイトル『消滅世界』は、何が消滅するのかを明示しない。
性が消滅するのか、家族が消滅するのか、それとも自分が消滅するのか。
① 性欲の消滅
人工授精によって生殖と性愛の分離が完成し、性そのものの意味が薄れていく。
② 家族の消滅
血縁や夫婦関係ではなく、気の合う集まりが家族になることで、「家族」という概念は残りながら空洞化していく。
③ 自分の消滅
どの世界に移っても「普通」に吸収される雨音は、固有の自分を保てない存在なのかもしれない。
どの「消滅」を中心に読むかによって、この小説はまったく違う顔を見せる。
「楽園」か「ディストピア」か。最も恐ろしいのは、その境界が曖昧なこと
どちらとも言えない問いの価値 翻訳家・岸本佐知子さんが本書について「見たこともないほど恐ろしい『楽園』がここにある」と評した言葉は的確だと思う。 モデルシティは「争いがなく、みんなが穏やかに暮らす社会」に見える。誰も傷つけない、誰も強制しない。その意味では理想的かもしれない。しかし読者はそこに「何かが抜け落ちている」感覚を覚える。その「抜け落ちているもの」が何なのかを特定するのが難しい。それが不安の源だ。 村田沙耶香さんはこの小説を「ディストピアを描いた」とは語っていない。
「悪い未来」として描かないことで、「これは悪い未来なのか?」という問いを読者に委ねる。そこがこの小説を単純なSFの枠から押し出しているように思える。
止まらない「普通」への問いかけ
『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した後、世界的な評価を得ることになる著者だが、本作はその前の2015年に書かれた作品である。
本作から入って『コンビニ人間』へ向かう読み方も、その逆も成立するだろう。
読後しばらく、日常の中にある「普通」が少し違って見えた。
「夫婦とは何か」「セックスとは何か」「家族とは何か」。
それらに対して「自然なことだから」と答えていたとしたら、それは本当に自分の答えなのだろうか。
本作は問いだけを置いて、答えを渡さない。
村田沙耶香さんは、未来を描いているようで、実は現在を描いている。
そして読者は、その問いを抱えたまま現実へ戻される。
読後、「普通」という言葉を使うたびに、一瞬立ち止まってしまう。
そんな小説だった。
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『消滅世界』の”普通を疑う”感覚が刺さったなら。
・同じ村田沙耶香が「普通」を問う → 小説『コンビニ人間』感想&考察|「普通」って、誰が決めたんだろう
・『消滅世界』はAudibleでも聴けます → Audibleで聴ける後味の悪い小説おすすめ7選|イヤミスを耳で味わう



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