人は、どこから壊れるのか。
真梨幸子さんの『殺人鬼フジコの衝動』を読了。
これは単なる猟奇的な物語ではない。
虐待、支配、そして“連鎖”。
読み終えたあとに残るのは、嫌な後味と、現実に対する薄ら寒さだった。
こんな人におすすめの一冊
- イヤミス作品が好きな人
- 読後に強烈な違和感や嫌悪感が残る作品を求めている人
- 虐待や人間の闇、連鎖する狂気を描いた物語に興味がある人
⚠️ ネタバレに関するご注意
この記事には小説『殺人鬼フジコの衝動』のネタバレが含まれています。
未読の方はご注意ください。
あらすじ(簡潔)
幼少期から両親による虐待を受けて育ったフジコは、ある出来事をきっかけに取り返しのつかない行動に踏み出す。
その後も、衝動のままに殺人を繰り返しながら、人生を転落していく。
母となった彼女は、自らが受けてきたものを次の世代へと引き継いでしまう。
これは、“一人の殺人鬼”の物語ではなく、連鎖する絶望の記録である。
あらすじ(詳細)
- 幼少期、両親から虐待を受ける
- 同級生K(彼女を大きく歪ませる存在)を殺害
- 家族を惨殺され唯一の生存者に
- 叔母・茂子に引き取られる
- 秘密を握られた相手を殺害
- 結婚・出産するも娘と夫を殺害
- 整形と殺人を繰り返しながら再婚・出産を経て転落
- 虐待が繰り返される
- 同級生Kに関わる出来事が、ある形で回避される
構造の違和感の正体
この物語は、一人称が途中で変化する。
- 「わたし」
- 「森沢藤子」
- 最後に浮かび上がる「早季子」(はじめの「わたし」=「早季子」)
この違和感の正体は、語り手の変化ではない。
手記を書いているのは一貫して早季子である。
変わっているのは、
語りの視点がフジコへと移動している点にある。
つまりこの物語は、早季子がフジコの人生を“なぞるように再構成している”構造になっている。
手記の著者はフジコではなく娘・早季子。
それは叔母である茂子の信仰する新興宗教団体の依頼によって書かれたものだった。
そして、著者である早季子は自殺、原稿は妹である美也子に託された。
考察① フジコ|被害者であり加害者
フジコは、生まれながらの怪物ではない。
- 両親からの虐待
- 実父からの性的虐待
- 安心できる環境の欠如
これらが積み重なり、
理想の人生にしがみつくため、“人を殺すことでしか自分を保てない状態”に追い込まれていく。
そしてその歪みは、次の世代にも引き継がれる。
娘・早季子もまた、同じ構造の中にいる。
- 両親から妹との差別的な扱い
- 貧困によるいじめ
- 同級生Kからの性的ないじめ
さらにフジコの収監後、早季子は茂子に引き取られる。
その境遇は、かつてのフジコと重なる。
つまりこれは偶然ではなく、
再生産される虐待の構造である。
作中でフジコは、繰り返しこう口にする。
あたしは蝋人形、おがくず人形
これは、外部によって中身を詰め替えられる存在——
意思ではなく環境によって動かされる人形としての自己認識だ。
この表現は、
セルジュ・ゲンスブールの楽曲「夢見るシャンソン人形」の
歌詞(人形は自分の意志で歌っているわけではないという皮肉)と重なる。
さらに象徴的なのが、この言葉だ。
人生は、薔薇色のお菓子のよう。
甘くて柔らかで、噛むと果汁があふれてくる。
でも、中からおがくずが出てくるの。
私の中身はおがくずなのよ。
美しく見える人生の内側には、何もない。
フジコにとっての人生とは、“中身のない消費されるもの”だったのかもしれない。
考察② 茂子|連鎖を維持する装置
茂子は一見、救済者に見える。
しかし実態は、
連鎖を維持する装置だった。
- 忘却を促す言葉による支配
- 保険金という利害関係
- 宗教への利用
決定的なのがこの言葉だ。
嫌なことは忘れてしまえばいいのよ。
バレなければ何もなかったのと同じなの
これは慰めではない。
現実を書き換える思想だ。
フジコの価値観は、この言葉によって形成された可能性がある。
この物語が突きつけるもの
- 児童虐待
- 宗教による弱者搾取
- メディアの倫理崩壊
これはフィクションでありながら、現実の縮図でもある。
まとめ
フジコは特別な存在ではない。
環境と連鎖が生み出した、ひとつの結果に過ぎない。
そしてこの物語には、もうひとつの恐ろしさがある。
真実ですら、簡単に塗り替えられてしまうことだ。
バレなければ何もなかったのと同じ
この思想は、
茂子からフジコへ、そして早季子へと受け継がれていた。
フジコは刑が執行され、早季子はこの手記の完成後に自ら(?)命を絶つ。
そして美也子の遺体の一部が発見される。
それでも——
この物語は、まだ終わっていない。
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