3学期の終業式当日。市立中学校の1年B組で、担任の森口悠子が静かに告げた「ある告白」から、すべては始まります。 湊かなえさんのデビュー作にして、イヤミスの金字塔『告白』を再読しました。
幼い娘・愛美の事故死。それは事故ではなく、このクラスの生徒2名による殺害だった――。 衝撃の宣言から始まるこの物語は、教師、生徒、犯人の家族と、章ごとに語り手を変えながら進んでいきます。
複数の視点で語られることで、事件の全容が少しずつ剥き出しになっていく。そこに見えるのは、「主観がいかに物事の捉え方を歪めてしまうか」という、独りよがりな解釈の危うさでした。
⚠️ ネタバレに関するご注意
この記事には小説『告白』の核心に触れるネタバレが含まれています。
未読の方はご注意ください。
「裁き」と「復讐」の幕開け
「犯人はこのクラスにいます」 少年法で守られ、法的には裁かれない2人(AとB)に対し、森口先生が下した「自らの裁き」。 それは、2人の給食の牛乳にHIV罹患血液を混入したという戦慄の告白でした。学校を去る先生。残された教室で、目に見えない「死」への恐怖が連鎖を始めていきます。
内側から崩壊したBと、言葉の刃
犯人の一人、BはHIV感染の恐怖と罪の意識から不登校になり、家庭内暴力へと「内側」から壊れていきました。 きっかけは、Aから放たれた「人間の失敗作」という冷酷な言葉。その言葉への反発が、彼を「トドメを刺す」という凶行に走らせたのかもしれません。
Aへの対抗心からとはいえ、自首し罪を償うことを自発的に決心したBに対し、母は共に終わることを願い無理心中を迫った。その際口にしてしまった「失敗」という言葉。それがAの蔑みの言葉と重なり、Bの心の中で決定的なフラッシュバックを引き起こしてしまったのではないでしょうか。 自分を愛してくれているはずの唯一の存在からも、自分は「失敗」と呼ばれた――。その絶望が、包丁を母へと向かわせた引き金だったのではないか、と思わずにはいられません。
三者三様の「母の愛」と、その影
この物語を読み解く上で、3人の母親が抱えていた愛情の、あまりに対照的な形を感じます。
- 森口先生:かけがえのない「守りたかった愛」 シングルマザーとして娘との時間を「幸せ」そのものとして生きていた彼女。その光を奪われたからこそ、彼女の復讐は暗く、凄惨なものになりました。
- Aの母:キャリアと引き換えに「捨て去った愛」 自分の才能を優先し、息子を置いて家を出た母。母に認められたいというAの渇望は、再婚・妊娠した母による「拒絶」を知ることで、暴走する悪意へと変質してしまったのかもしれません。
- Bの母:支配的で過干渉な「溺愛という名の重圧」 息子を「優等生」に仕立てようとする、共依存のような歪んだ愛情。Bはその重圧に息苦しさを感じながらも、母の期待を裏切れない自分に葛藤していました。
「更生」という言葉に隠された不条理
物語の根底に流れているのは、あまりに不条理な「法律の限界」への絶望です。 少年法という壁に阻まれ、加害者たちはその名さえ守られ、更生という名目のもとに社会へと戻っていく。被害者側からすれば、それはまさに「泣き寝入り」を強いられているのと同義ではないでしょうか。
たとえ加害者が深く反省し、更生を遂げたとしても、それは被害者の尊い犠牲の下にあるという残酷な事実。そもそも、加害者がいなければ、被害者が生まれることもありませんでした。
更生を信じることは教育の理想かもしれませんが、奪われた側の癒えない苦しみや悲しみを置き去りにしたまま語られる「未来」は、あまりに不条理で空虚な響きを湛えています。森口先生が選んだ道は、そんな機能不全のシステムに対する、一人の母親としての命がけの抵抗だったのかもしれません。
復讐の果てに、何が残ったのか
あらためて感じたのは、森口先生の教え子たちに対する「理解」の深さと恐ろしさです。森口先生は、難しい年頃の子供たちが抱える屈折した思いを完璧に把握していました。だからこそ、自ら手を下さず、クラス内のいじめを誘発し、犯人を精神的に追い詰めることができたのでしょう。
先生だって一人の人間です。何よりも優先して守りたかった娘の命を奪われたとき、教育者としての自分を捨ててまで彼女が選んだ道は、あまりに人間らしい復讐という行動でした。 しかし、本人が言う通り復讐を果たしても気持ちはまったく晴れず、犯人への憎しみは止まりません。計画通りとはいえ、事件そのものに無関係な委員長や各々の母など、多くの犠牲者を出した事実は重くのしかかり、復讐の連鎖が始まるかもしれません
被害者の身内、加害者の身内
この作品で唯一の「良心」とも言えるBの姉の言葉が、重く響きます。
復讐、法律、命の価値、少年犯罪、いじめ……。答えのない問いを突きつけられ、考え出すと終わりが見えなくなります。 ラスト、森口先生がAに放つ教育者の鑑のような「これが本当の更生の第一歩だと思いませんか?」という言葉。けれど、そこに慈悲など微塵もありません。映画版の「なーんてね」が続きそうな、冷徹な響き。復讐の連鎖がまたどこかで生まれてしまうのではないか、そんな不穏な幕引きでした。
「本当の復讐」の正体
この「本当の復讐」は、誰から誰へのものだったのか。娘を殺された森口先生の、Aに対する「最愛のものを失う」復讐か。 自分を捨てた母に対する、A自身の復讐なのか。 それとも、そのどちらもなのか……。
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中島哲也監督。 松たか子さん主演。



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