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読後に音楽を聴きたくなる、不思議な引力を持った作品。
この作品について
第8回『このミス』大賞受賞作として登場し、累計25万部を超えるベストセラーになった中山七里さんのデビュー作。
「音楽ミステリー」という言葉だけ見ると敷居が高そうだけど、クラシックに詳しくなくてもまったく問題なく楽しめる。むしろ、自分も明日にでもピアノレッスンを申し込みたくなる。そんな気持ちになるくらい感情移入できた。
- 「だまされる快感」や「大どんでん返し」を味わいたい人
- 逆境から立ち上がる物語に勇気をもらいたい人
- 読後に音楽が聴こえてくるような小説を味わいたい人
あらすじ(ネタバレなし)
ピアニストを目指す遥、16歳。両親や祖父、帰国子女の従姉妹などに囲まれた幸福な彼女の人生は、ある日突然終わりを迎える。
祖父と従姉妹とともに火事に巻き込まれ、ただ一人生き残ったものの、全身火傷の大怪我を負ってしまったのだ。
それでも彼女は逆境に負けず、ピアニストになることを固く誓い、コンクール優勝を目指して猛レッスンに励む。
ところが周囲で不吉な出来事が次々と起こり、やがて殺人事件まで発生する。
遥の前に現れる師匠・岬洋介は、司法試験に合格しながらピアニストの道を選んだという異色の経歴の持ち主。
この岬洋介が探偵役として機能しながら物語を動かしていく。
本作は岬洋介シリーズの第1作で、『おやすみラフマニノフ』『いつまでもショパン』『どこかでベートーヴェン』へと続くシリーズの原点でもある。
「音楽小説」としての圧倒的な質
この小説を読んで最初に驚くのは、音楽の描写の豊かさだ。
トリック自体は、ミステリを読み慣れている方なら気づくかもしれない。それでも傑作だと思うのは、ヒロインが社会の偏見やいじめ、大火傷からの回復など、さまざまな試練や苦難を乗り越えて再生していく姿が感動的に描かれているからだ。
とにかく物語をぐいぐい進めていく筆力は圧倒的で、音楽の理論的なことが分からなくても、その描写によって「ヒロインの演奏が聴こえてくる」ように感じてしまった。
音楽は本来、文字だけでは伝えられないものなのに。それを読者の想像力を借りながら「聴かせる」技術が、この小説には確かにある。
作中に登場する楽曲は、ドビュッシー「月の光」「アラベスク第1番」、ショパン「英雄ポロネーズ」「エチュード 10-2」「エチュード 10-4」、リスト「超絶技巧練習曲第4番〈マゼッパ〉」、リムスキー=コルサコフ「熊蜂の飛行」など多岐にわたる。
読みながらこれらの曲を一緒に聴くと、また違う体験ができる。
遥の「再生」
この小説のミステリとしての面白さは間違いないけれど、それと並行して「再生の物語」としての深みが、読後感を大きく左右していると感じる。
全身火傷を負い、ピアノを弾けなくなった遥が、骨折した指を無理やり動かしながら練習を再開する場面。
師匠・岬に師事し技術を取り戻していく過程。
学校でのいじめに心折れそうになりながら、それでもピアノだけはやめないと決意する場面。
これらは「スポ根もの」のような爽快感を持ちながら、遥の内面の変化として丁寧に描かれている。
人というものは自分の見たいものしか見ようとしないし、聞きたいものしか聞こうとしない。それが様々な誤解や不和を生む元凶です。
岬が語るこの言葉は、ミステリとしての仕掛けを指しているとも読めるし、遥が乗り越えていく偏見や先入観への言及とも読める。
この小説は随所に、「思い込み」と「真実」のギャップをテーマとして織り込んでいる。
人は、ここまで強くなれるのだ。どんなに絶望しても、どんなに心が折れても、諦めさえしなければ灰の中から不死鳥が蘇るようにまた雄々しく立ち上がることができるのだ。
この言葉が、この小説の精神的な核心だと思う。
遥の物語は、特別な才能を持つ少女の話ではなく、「諦めない」という選択の話として読めるから、心に響く。
どんでん返しについて
この小説の最大の特徴として語られる「驚愕のラスト」について、ネタバレなしで触れたい。
「最後にどんでん返しがあってね、面白かったです。思わず引き込まれて、クラシックのCDを買っちゃいましたからね」という妻夫木聡さんのコメントが帯に載っているくらいだから、「どんでん返しがある」ことは読む前から多くの人が知っていると思う。
それでも騙されるのはなぜか。
中山七里さんはこの作品を、「音楽の力で闘う少女の物語」として設計した。
読者が自然と「感動的な音楽成長物語」として読み始め、その枠組みの中に引き込まれることで、ミステリの仕掛けが機能する。
「音楽小説」として没入させること自体が、ミステリとして騙すための伏線になっているのだと思う。
そして、タイトル回収の最後の一行もとても鮮やかだった。
「さよならドビュッシー」というタイトルが、ラストでまったく別の意味を帯びてくる。
読み終えて改めてタイトルを見返したとき、ゾクッとするような感覚があった。
クラシックを知らなくても楽しめるか
「クラシックが全然わからなくても大丈夫なのか?」
答えは「大丈夫」。
音楽に打ち込むことの楽しさ、苦しさ、難しさ。そうした感覚は、多くの人が理解できる。
部活でも、趣味でも、仕事でも、「何かに必死になった経験」がある人なら、遥の苦闘と努力には必ず重なる部分があると思う。
クラシックの専門知識よりも、その感覚の方がずっと重要だ。
ただ、読後にドビュッシーの「月の光」を聴いてみることはおすすめしたい。
小説で読んだ情景が音楽と重なって、また別の感動があるから。
中山七里さんという作家について
探偵役である岬洋介の父は検事で、他の中山七里作品にも登場している。
こうした作品間リンクも、本作の魅力のひとつだ。
中山七里作品は、シリーズや単独作をまたいで登場人物がリンクするという特徴がある。
本作を読んだ後に他の作品を読むと、「あの人物が出てきた!」という発見があり、それがシリーズを読み続ける動機にもなる。
中山七里さんの初見作品は『連続殺人鬼カエル男』だったのだけど、デビュー作からこれほどの完成度を持つ作品だったこと、全く違う種類のミステリーだったことに素直に驚いた。
読み終えた後に自然とそう思わせてくれる一冊だった。
まとめ
『さよならドビュッシー』は、音楽小説としても、青春小説としても、ミステリとしても完成度が高い。
音楽の熱量、再生のドラマ、巧妙な仕掛け、そのすべてが噛み合った作品だった。
どんでん返しを期待して読む人も多いと思うけど、それ以上に印象に残るのは、「諦めない強さ」だと思う。
できるだけ事前情報を入れずに読んでほしい一冊。
そして読み終えた後は、ぜひドビュッシーの「月の光」を流してみてほしい。
物語の余韻が、きっと少し違って響くと思うから。



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