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⚠️ ネタバレに関するご注意
この記事には小説『化物園』の核心に触れるネタバレが含まれています。
未読の方はご注意ください。
恒川光太郎さんの作品を読むのは、今回が初めてだった。
『化物園』というタイトルから、さまざまな「化物」が登場する怪異譚を想像していた。
収録されているのは、時代も国も違う7つの物語。そのどれにも、「ケシヨウ(化生)」と呼ばれる化物が出てくる。猫になり、人になり、ほかの生き物にも姿を変えながら、人間の前に現れる存在だ。
もちろん、怖い話もある。
人に害をなすケシヨウもいれば、残虐なケシヨウもいる。
だけど、読み終えて一番強く残ったのは「怖かった」という感情ではなかった。
それよりも、「ケシヨウって人間とあまり変わらないのかもしれない」という感覚だった。
欲望、嫉妬、残虐性、差別、そして戦争。
物語の中で描かれるそれらは、人間のものなのか、ケシヨウのものなのか。
読み進めるほど、その境界があやふやになっていった。
そして最後には、音楽や芸術を愛し、他者を庇護するケシヨウまで登場する。
「化物」を描いた短編集なのに、いつの間にか、人間そのものを見つめていた。
そんな読後感の一冊だった。
作品情報
- 怖いだけで終わらない、読み終わってから考え込むホラーを読みたい人
- 「化物より人間のほうが怖いのでは」と感じたことがある人
- 「守ること」と「縛ること」の境目について考えてみたい人
『化物園』に登場するのは、本当に「化物」だけなのか
収録されている物語には、それぞれ違った怖さがある。
「猫どろぼう猫」では、泥棒とケシヨウを追う老人、元恋人への復讐を企てる女性が入り乱れ、どこかバタバタとした人間臭さがある。
「窮鼠の旅」では、プライドばかり高く、何でも自分以外のせいにして現実から逃げようとする男が描かれる。
「十字路の蛇」では、根拠のない推測から他人を中傷することの恐ろしさを感じた。
「風のない夕暮れ、狐たちと」では、人の善意を信じることができなかった女性の姿が描かれる。
「胡乱の山犬」では、自分の中にある残虐性を抑えられない男が登場する。

こうして並べてみると、どれも「化物の怖さ」だけを描いた話ではないことに気づく。
むしろ、そこに描かれているものは、私たち人間の中にも存在する感情ばかりだ。
欲望も、嫉妬も、執着も、残虐性も。
そう考えると、ケシヨウだけを「恐ろしい存在」として見ることができなくなってくる。
「日陰の鳥」で感じた、すっきりと、やるせなさ
特に印象に残ったのが「日陰の鳥」だった。
ハンデのある人が差別され、いじめられる。
そしてケシヨウが、その人たちを苦しめる側を成敗する。
その方法はかなり残虐なのだけれど、正直なところ、私はすっきりした。
「よくやってくれた」と思ってしまった。
でも、読み進めるほど、そんな単純な話ではなくなっていく。
ヒンズー教の山上寺院には、「聖なる子ども」として異形の子どもたちがいる。
ケシヨウに連れて来られなければ、彼らは地元で蔑まれていたか、命を落としていたかもしれない。
人間社会では「異形」として排除される存在が、別の場所では「聖なる子ども」として大切にされている。
何を「異形」と呼び、何を「尊い」とするのか。
それは、見る側の価値観によって変わってしまう。
そして、そこには戦争も描かれる。
「思考は無制限で、肉体がいけぬ遥か彼方まで飛翔できる。鳥のように」
肉体には限界があっても、思考はその先まで行くことができる。
もっと学びたい。
人類の本質が、土地の奪い合いや殺し合いだけであるはずがない。
知恵が未来へ波紋のように伝わり、世界を変えていく。
そんな希望を持つ人がいる一方で、敵襲を予言されても、自分たちの強さを疑わない王や武将は戦争を回避しない。
知恵があっても、それを受け入れなければ未来は変わらない。
そこに、この世の不条理を感じた。
「これは異国の話」と、どこかで距離を置いていた
そして、私自身がハッとしたのが、物語の最後のほうで日本との関係が出てきたところだった。
差別や戦争について、もちろん頭では分かっているつもりだった。
けれど、どこかで「遠い国の話」として読んでいた自分がいた。
異国の物語だからこそ、考えたつもりになっていても、どこか安全な場所から見ていたのかもしれない。
日本との関係が示された瞬間、「あれ? これは自分とは無関係な話じゃない」と、急に距離が縮まった。
頭で理解することと、自分ごととして考えることは違う。
分かっていたつもりでも、実際には距離を置いていた。
そのことに気づかされたのは、この物語を読んだからこそだったと思う。
最後の「音楽の子供たち」が、すごく好きだった
そして、個人的に一番好きだったのが「音楽の子供たち」。
選ばれた才能ある子どもたち。
何不自由のない生活を送り、音楽を学ぶ。
一見すると恵まれた環境だけれど、そこにも人間関係がある。
同じ目的に向かって作業していても、強く結びつくこともあれば、軋轢も生まれる。
嫉妬や羨望。
仲間外れ。
恋心。
最初はギークをからかっていた陽鍵が、その思慮深い性格を知り、やがて親友になる。
人数が多いとか少ないとかではなく、そこにある人間関係が妙にリアルだった。
そして、ゾッとしたのが、陽鍵がシルフェへの羨望や嫉妬から、ルフォネに術理がかかっているのではないかと考えた場面。
人は、自分が聞きたいことを聞く。
自分に都合のいいように物事を考える。
そして、いつの間にか、それが本人にとっての「真実」になってしまう。
才能のある子どもであっても、それは例外ではない。
知性があれば、思い込みから自由になれるわけではないのだと思うと、怖かった。
「庇護」は「支配」にもなる
音楽の子どもたちを育てるケシヨウ、風媧。
風媧は、子どもたちにとって世界で一番良い場所を用意する。
豊かな環境。
教育。
親代わりの乳母。
そして、ときには成長のための試練まで。
それでも子どもたちは、外の世界を求める。
自分たちがズルをした結果、大変なことになれば、風媧に救いを求める。
けれど、その庇護を「支配」と受け取る。
その構図が、とても切なかった。
風媧は、人間を大切にしている。
音楽を諦めず、人間を育てることも諦めない。
けれど、同胞からは「人間は飼うな」と忠告されていた。
人間は飼ってしまうと、人間にはならない。
幼いうちはよくても、その後、凶暴にも狡猾にもなり、制御できなくなる。
風媧はその忠告を知っていた。
それでも、人間を、音楽を諦めなかった。
一人ではなく、十二人もの子どもたちを育てた。
それなのに、結局は同胞の忠告通りになってしまう。
風媧が刺されたときの、
「なぜですか?」
という言葉が、どうしようもなく切なかった。
怒りでもなく、恨みでもなく、本当に分からなかったのだと思う。
「こんなに大切にしてきたのに、なぜ?」
その悲しさが、この一言に詰まっているように感じた。
人間は「飼う」ことができない
これは、人間でいうところの反抗期や自立に近いのだろうか。
私は、そんなことを考えた。
誰かに守られているだけでは、自分の人生を生きることはできない。
与えられた環境を飛び出し、自分で選び、失敗し、傷つき、誰かとぶつかる。
そうやって、人は自分自身になっていくのかもしれない。
だから、風媧の庇護が愛情であればあるほど、それが子どもたちにとって「支配」に見えてしまうことが悲しい。
そして、同胞たちもまた、性格も知性もばらばらだった。
長くいた環境によって、まるで別の生き物のように性質が変わる。
それもまた、人間そのもののように思えた。
同じ種でも、育った環境や出会った人によって、まったく違う人間になる。
ケシヨウと人間は、思っていたほど遠くない。
化物を見ていたはずなのに、人間を見せられた
「日陰の鳥」では、人間の差別や戦争の恐ろしさを見た。
「音楽の子供たち」では、嫉妬や羨望、恋心、友情、反抗、そして人間の理解できない部分を見た。
一方で、ケシヨウには音楽や芸術を愛する心があり、他者を庇護する気持ちもある。
そう考えると、
人間だから善で、ケシヨウだから悪。
そんな単純な線引きはできない。
ケシヨウにも、いろいろいる。そして、人間にも、いろいろいる。
欲望、復讐、執着、他責、プライド、現実逃避、誹謗中傷、残虐性、差別、いじめ、戦争。
それと同時に、
音楽や芸術を愛する心。
他者を庇護する気持ち。
もっと学びたいと思う心。
世界を変えたいと願う心。
どちらも人間の中にもケシヨウの中にもある。
そう考えると、『化物園』というタイトルが、読み終わったあと少し違って見えてくる。
化物を集めた「園」を見ていたはずなのに、そこで見せられていたのは、人間の姿だったのではないか。
そんなことを考えた。
まとめ|怖さより、哀愁が残る一冊だった
『化物園』の中で、個人的には最後から2番目の「日陰の鳥」と、最後の「音楽の子供たち」が特に好きだった。
どちらも、単純な「怖い話」ではない。
人間の残酷さと、可能性。
知恵、嫉妬、愛情、庇護、自立。
そして、人間の中にある、道理だけでは説明できない何か。
最後まで明確な答えが出るわけではない。
だからこそ、読み終わったあとに残るものが大きかった。
怖さよりも、哀愁。
そして、「人間って何なんだろう」という問い。
恒川光太郎さんの作品を読むのは、今回が初めてだった。
でも、『化物園』は、とても良かった。
読み終えた今も、ケシヨウと人間の境界が、まだ少し曖昧なまま残っている。
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