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⚠️ ネタバレに関するご注意
この記事には小説『鬼の跫音』の核心に触れるネタバレが含まれています。
未読の方はご注意ください。
「えっ、そういうことだったの?」が、6回くる
全6編。どの物語も、始まりはそれほど奇妙ではない。
ごく普通の人間が登場し、日常の延長線上にあるような出来事から物語が進んでいく。
ところが、終盤になると、それまで見えていた景色が一変する。
「えっ、そういうことだったの?」
驚いて、もう一度読み返す。すると、何でもないと思っていた描写が、まったく違う意味を持って浮かび上がってくる。
短編なのに、ちゃんと伏線が張られている。
そして、真相に気づいたときに残るのは、謎が解けた爽快感だけではない。
むしろ、どうしようもない不穏さと、救われなさだった。
作品情報
- 短い話で、何度も「えっ」とひっくり返されたい人
- 読み終えてすぐ、伏線を探しに読み返したくなる人
- 怪物より「普通の人間」が怖い話が好きな人
- 『向日葵の咲かない夏』の不穏さが忘れられない人
『鈴虫』喰われることを選ぶ愛
憧れだった友人の彼女と結婚した男。
鈴虫のメスは、交尾のあとにオスを喰らうことがある。
その生態と主人公の選択が重なったとき、私はある種の純愛を感じた。
相手に喰われることを承知のうえで、それでも相手を選ぶ。
自分が傷つくことも、失うものがあることもわかったうえで、その相手と生きることを選ぶのなら、それは一つの覚悟なのかもしれない。
ただし、それを無条件に美しい愛だと言い切ることもできない。
愛することと、自分を犠牲にすること。相手を想うことと、相手に自分を委ねること。
その境界は曖昧だと思う。
愛が深ければ深いほど幸せになれるとは限らない。
むしろ、その愛が破滅につながっているとわかっていても、手放せないことがある。
せめて、この献身が奥さんに伝わっていますように。
『ケモノ』もっと早く、椅子が壊れていれば
Sは、どれほど辛かっただろう。
そう思いながら読み進めた物語だった。
ところが、最後に明らかになることに驚かされた。
主人公が家族に対して何をしたのか。それまでの描写を振り返ると、確かに気になる箇所がある。出かける際の何気ない描写も、結末を知ってから読むと意味が変わる。
私は、まったく気づかなかった。
そして、思った。
もっと早くに椅子が壊れていれば。
ほんの少し何かが違っていたら、結果は変わっていたのかもしれない。
物語を読み終えたあとでは、そんな「もしも」を考えずにはいられない。
でも、もう遅い。
結末を知ってから振り返れば、そこに伏線があったことはわかる。けれど、物語の中にいる人間にとって、未来はまだ見えていない。
何気ない日常の中で、取り返しのつかないことが起きてしまう。
そして、すべてが終わってから、あのとき別の選択ができていたらと考える。
この物語の怖さは、真相そのものだけではない。
何かが決定的に変わってしまう瞬間が、思っているほど劇的なものではないのかもしれない、ということだった。
『よいぎつね』自分は何を埋めたのか
20年前に犯した重犯罪。
埋めたはずの女性。
そして20年後、今度は自分が埋められる側になる。
自分が自分を埋めているのだろうか。
自分に似た男は何者なのか。あのときの女性の息子なのだろうか。
もしそうなら、自分は20年前に何を埋めたのか。
次の『箱詰めの文字』には、米俵で作られた謎の狐が土中から発見されるという描写もある。
物語同士が独立しているとわかっていても、共通するモチーフが現れると、何か意味があるのではないかと考えたくなる。
もちろん、すべてを一つの答えに結びつける必要はないのだろう。
それでも、読み終えたあとに残された謎について考えてしまう。
何を埋めたのか。
何を隠したのか。
そして、過去に犯した罪は、本当に土の中に埋めてしまえるものなのだろうか。
『箱詰めの文字』真相を知ったあと、景色が変わる
空き巣から、身に覚えのない貯金箱を渡された作家。
この奇妙な出来事から始まる物語は、最後に大きく姿を変える。
主人公は友人の作品を盗作していた。しかも、一連の通り魔殺人の犯人だった。
空き巣犯だと思っていた青年も、実際には友人の弟ではなく、友人亡き後に居着いた異常者だった。
真相が明らかになるにつれて、人物に対して抱いていた印象が次々と崩れていく。
何より怖いのは、最初から誰もが明らかな怪物として描かれているわけではないことだ。
普通の人間に見える。
日常を送っている。
それなのに、いつの間にか、取り返しのつかない場所まで来てしまっている。
物語の中の人間を、自分とはまったく違う存在として片づけられないところに、怖さがある。
耳で読むなら、Audibleで
『鬼の跫音』はAudibleの聴き放題の対象作品(再生時間 約6時間・ナレーター 本多諒太さん)。会員なら追加料金なしで聴ける。短編集なので、1編ずつ区切って聴きやすい。
『冬の鬼』これはハッピーエンドなのだろうか
遡っていく日記。
そして、最後に明らかになること。
読み終えたとき、私はゾッとした。
それなのに、同時に、二人の純愛を美しいとも感じた。
二人がお互いを想い続けたこと。その想いが最後まで失われなかったことに、心を打たれたのだと思う。
ただ、その愛の形はあまりにも残酷だ。
両目をくり抜く。
ある意味、究極の束縛ではないだろうか。
相手に自分以外の世界を見せない。二人だけの閉じた世界をつくる。相手を自分だけのものにする。
愛しているからこそ、手放せない。
愛しているからこそ、相手の自由さえ奪ってしまう。
それでも、私は二人がお互いを想い続けたことに、美しさを感じた。
これがハッピーエンドだと思えるくらいに、この短編集には救いがなかったのかもしれない。
一般的な意味での幸福とは言い難い結末。それなのに、二人の想いが失われなかったことに、救いを見いだしてしまう。
あるいは、救いがなかったからというよりも、救いの形そのものが歪んでいるからこそ、ハッピーエンドに見えたのかもしれない。
幸福とは何なのだろう。
お互いが愛し合っているのなら、それは幸福なのか。
それとも、幸福だと思いたいだけなのか。
『悪意の顔』最後の最後に潜んでいたもの
何でも取り込んでしまう絵画を使い、いじめっ子を消そうとする話。
闇の深い小学生の男の子を見ていると、『向日葵の咲かない夏』を思い出した。
物語を読み進めながら、最後には何か救いがあるのかもしれないと思った。
ところが、最後の最後に、またしてもひっくり返される。
「えっ……」
思わず声が出た。
いたいけな小学生にだって、鬼は潜んでいる。
子どもだから純粋だとか、まだ幼いから悪意とは無縁だとか、そんなふうに単純には考えられない。
この物語は、年齢や見た目だけでは人間の心の奥にあるものを判断できないという怖さを突きつけてくる。
最後には救われるのかもしれない。
そんな期待すら、裏切られる。
読者が安心しかけたところで、最後の一撃を加えてくる構成が見事だった。
6編をつなぐ「S」と一羽の鴉
それぞれ独立した6つの物語。
そこには「S」という人物が登場し、一羽の鴉が物語を見つめている。
物語ごとに異なる役割を持つ「S」。それぞれの話を読み終えてから振り返ると、個々の短編を超えて、一冊全体に流れる不穏な空気が見えてくる。
どの物語にも、恨み、怒り、嫉妬、哀しみといった感情がある。
そして、どの物語も、最後にはそれまでの印象を覆す。
短編だからこそ、物語は無駄なく進む。伏線は目立たない形で置かれ、終盤になって意味を持ち始める。
読み終えて「そういうことだったのか」と驚き、読み返して「ここに書かれていたのか」と気づく。
この一連の流れまで含めて、作品を読む楽しみなのだと思う。
人はいつ、鬼になるのか
鬼と聞くと、角が生えた異形の姿を思い浮かべる。
けれど、この短編集で描かれる鬼は、そんなわかりやすい存在ではなかった。
どの物語の主人公も、最初から鬼として登場するわけではない。普通に生きている人間だ。
その人間が、何かを抱え、何かを選び、いつの間にか取り返しのつかない一線を越えてしまう。
文庫版の解説で、京極夏彦さんは、鬼とは人を見失う心の動きであり、目には見えないものだ。
鈴虫、椅子の刻印、祭囃子、紙切れの文字。そんな些細なきっかけで、主人公たちは人を見失っていく。
そして読者は、登場人物と一緒に過去をたどることで、鬼の跫音を聞くことになる。というようなことを書いている。
なるほど、と思った。
人はいつ、鬼になるのか。
『ケモノ』を読んだときに思ったように、その瞬間は、思っているほど劇的なものではないのかもしれない。
恨み、怒り、嫉妬、哀しみ。どれも、私たちの誰もが抱くことのある感情だ。
『冬の鬼』の二人を美しいと思った自分がいる。
『悪意の顔』の結末にゾッとした自分がいる。
歪んだ愛に美しさを感じてしまう自分の感情も、簡単には割り切れない。
鬼の跫音は、気づかないほど静かに、自分の中から近づいてくるのかもしれない。
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