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⚠️ ネタバレに関するご注意
この記事には小説『火喰鳥を、喰う』の核心に触れるネタバレが含まれています。
未読の方はご注意ください。
整理するだけで精一杯だった
読み終えた直後は、何がどうなったのかを整理することで精一杯だった。
火喰鳥とは何だったのか。
なぜ現実が書き換えられたのか。
なぜ雄司は、自分が生きてきた人生とは違う「17年前に父や祖父・保とともに自動車事故で亡くなった人物」にされてしまったのか。
そして何より、なぜ千弥子(チャコ)や北斗は、そこまでして自分たちの望む現実を手に入れようとしたのか。
考えれば考えるほど、怖くなってくる。
冒頭に出てくる「お前の死は私の生」という言葉が、読み終えた今になって、ずっしりと重い。
この作品の怖さは「火喰鳥」という怪異そのものではない。
本当に恐ろしいのは、自分の願いを叶えるためなら、他人の存在さえ消してしまえる人間のエゴなのではないだろうか。
作品情報
- 怪異より「人間の怖さ」が残るホラーを読みたい人
- 読み終えたあと、何が起きたのか考え込みたい人
- 戦争の記憶と現代がつながる物語に惹かれる人
- イヤミスのような、後味の悪さを味わいたい人
あらすじ(ネタバレなし)
信州で暮らす久喜雄司のもとに、太平洋戦争末期に戦死した大伯父・久喜貞市の日記が届く。
同じころ、久喜家の墓石からは、貞市の名前が削り取られていた。
日記が届いてから、貞市とともに従軍した藤村の家の消失、祖父・保の失踪、日記を入手した記者の狂乱と、不可解な出来事が次々に起こりはじめる。
さらに日記には、誰も書いた覚えのない文字が浮かび上がっていた。
これは怪異なのか、それとも誰かが仕組んだ事件なのか。
雄司と妻の夕里子は、超常現象に詳しいという夕里子の大学時代の同窓生・北斗総一郎とともに、真相を追うことになる。
理不尽で暴力的な
雄司目線で物語が進むので、どうしても雄司に気持ちが向いてしまう。
雄司は「存在しなかった」わけではない。
確かに存在していた。
夕里子さんと出会い、彼女と人生を歩んでいた。
それなのに、現実そのものが書き換えられた結果、雄司は17年前に父や祖父・保と一緒に自動車事故で亡くなったことになってしまう。
つまり、雄司から奪われたのは命だけではない。
彼が生きてきた人生そのものだ。
そして、その書き換えによって、周囲の人たちの人生まで変わってしまう。
母の伸子さんにとっては、生きていた息子が「17年前に亡くなった息子」になる。
夕里子さんにとっては、自分が選んだ雄司との人生が消え、北斗と結婚している。
しかも本人たちは、それを「改変された現実」として認識できない。
これが、ものすごく怖い。
「大切な人を失う」だけでも十分につらいのに、その人と過ごした時間まで、最初から存在しなかったかのように書き換えられてしまう。
これほど理不尽なことはないと思う。
北斗の願い
北斗について考えると、どうしても嫌悪感が残る。
北斗は夕里子さんと結ばれたかった。
でも、夕里子さんが選んだのは雄司だった。
普通なら、そこで「自分は選ばれなかった」という現実を受け入れるしかない。
ところが北斗は、その現実を受け入れるのではなく、自分が望む結果になるように現実のほうを変えてしまった。
夕里子さんは雄司を選んだのに、その選択そのものがなかったことにされる。
そして、北斗の望んだ世界では、夕里子さんは北斗の妻になっている。
北斗にとっては願いが叶った。
でも、夕里子さん自身は本当にそれを望んでいたのだろうか。
そう考えると、「北斗の願いが叶ってよかった」とは、とても思えない。
相手の意思を尊重するのではなく、相手が自分を選ぶ世界を作ってしまう。
それは愛情というより、支配ではないだろうか。
チャコの願い
最初は、チャコについて少し違う見方をしていた。
「お腹の子のためにも、貞市さんに生きていてほしかったのなら、北斗のような身勝手な執着とは違うのではないか」と。
でも、考え直してみると、やっぱり引っかかる。
チャコの願いを、「貞市さんに生きていてほしい」だけではなく、
「お腹の子のために自分が生きていなければならない。そのためには貞市さんが生きていなければならない。そのためには雄司が邪魔になる」
という順番で考えると、見え方が変わってくる。
自分が生きるために必要な現実を成立させるため、雄司の人生が犠牲になっている。
純粋な「貞市さんへの愛」だけなら、まだ違う感情で受け止められたかもしれない。
でも、自分の生存を優先した結果として雄司が消されるのだと考えると、チャコにも北斗と同じ種類の嫌悪感を覚えてしまう。
貞市さんの願い
ここは、チャコや北斗とは分けて考えた。
貞市さんは戦地にいた。
そして、生きて帰りたいと思った。
それは、とても根源的な生存本能だと思う。
戦争によって理不尽に命を奪われようとしている人が、「生きたい」と願う。
その願いそのものを、私はエゴだとは思えない。
むしろ、この物語の中で、貞市さんの「生きたい」という願いだけは、人間の悍ましさとは違うところにあるように感じた。
他人を犠牲にすること自体は、きれいごと抜きに、自分の生存がかかったら誰でもしてしまうと思う。
だから、私が北斗とチャコに嫌悪感を抱くのは、そこだけではない。
既定路線を覆してでも、自分の願いを通そうとしたところだ。
北斗の願いは、夕里子さんへの執着だった。
選ばれなかった現実を、どうしても受け入れられなかった。
チャコの願いは生存本能ではある。でも、元々の現実では雄司が生きていて、チャコはいなかった。
貞市さんの願いは、死にかけている「その時」の願いだった。
自分が生き残ることで、藤村さんや伊藤さんが死ぬことも、ひいては自分の弟や弟の孫が死ぬことも、貞市さんは知り得なかった。
でも、北斗もチャコも違う。
自分たちの願いを通せば、保や雄司が死ぬことはわかっていた。
わかっていながら、押し通した。
ここの違いが大きいと思う。
怖いのは、願いそのものではない。
貞市さんのような極限での生存本能だけでなく、北斗やチャコのような利己的な本能が働き得る、人間のエゴが怖い。
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火喰鳥は、人間のエゴの具現化なのか
そう考えると、「火喰鳥」という存在が少し違って見えてくる。
火喰鳥は戦地にいた。
戦争という、人間の生存本能とエゴがむき出しになる場所に。
自分たちが生き残るために、誰かの命が奪われる。
一人が死ねば、その人の家族の人生も変わる。
そう考えると、火喰鳥は単なる怪異ではなく、人間の中にある「自分の願いを通したい」という欲望を具現化した存在なのではないかと思えてくる。
火喰鳥そのものが人間を狂わせるのか。
それとも、人間の中にある願いや執念が、火喰鳥という形を取って現れるのか。
火喰鳥が人間の願いに関わり、その願いによって現実が変わっていくことを考えると、火喰鳥は、人間のエゴを映す鏡なのではないか。
そんなふうに思えた。
「お前の死は私の生」
冒頭の「お前の死は私の生」。
読み終えてから振り返ると、現実が侵食され始めてからの話だから、あれはパラレルワールドでのチャコや北斗だったんだろうなと思う。
そして「生」とは、文字通り生きることだけではない。
欲望や執着とも読み替えられる。
誰かの死が、自分の欲望や執着を叶える。
そう読み替えると、人間の恐ろしさを感じずにはいられない。
一人の願いが、多くの人生を変える
さらに怖いのは、現実の書き換えが雄司だけにとどまらないことだ。
作中では、戦地から復員した藤村さんや伊藤さんも、別の現実では戦死したことになっている。
そうなると、現実では藤村さんの娘だったゆきさんや、伊藤さんと関わっていた親族たちの人生まで変わってしまう。
一人の人間の生死が変われば、その人を中心に広がっていた人間関係も変わる。
誰かの存在がなくなれば、その人と出会うはずだった人、家族になるはずだった人、影響を受けるはずだった人まで変わってしまう。
いわば、バタフライ・エフェクトのようなものだ。
ただ、この作品の場合は「偶然の連鎖」ではない。
誰かの願いを通すために、現実そのものが書き換えられている。
だからこそ、より恐ろしい。
亮くんの警戒心
私は後半まで、北斗に違和感を持っていなかった。
墓石の損壊や保の失踪、火喰鳥の謎に気を取られていて、「いったい何が起きてるの?」と怪異のほうばかり追っていた。
でも、夕里子さんの弟・亮くんは、かなり早い段階から北斗を警戒していた。
今振り返ると、亮くんは「怪異」ではなく、人間の側にある異常さを敏感に感じ取っていたのかもしれない。
亮くんには、こんな言葉がある。
「執着や執念がないのは人としては美しいのかもしれないが、何かと争うには致命的な欠点」
「執念は人に何でもさせる。死んだ人間ですらそうなんだから、生きてる人間の執着はもっと恐ろしい」
この言葉が、全てなのかもしれない。
亮くんは、夕里子さんのような能力はないと言っていた。
でも、こういう真理のようなことを口にしたり、北斗に警戒心を抱いていたりしたことを考えると、やっぱり何か特別な力があったのかもしれない。
私は「火喰鳥が怖い」と思いながら読み進めた。
でも、読み終わってみると、「いや、火喰鳥より人間のほうが怖くない?」となった。
特に北斗については、その感覚が強い。
「夢魔との戦いは私の勝利に終わった」
チャコが考えたように、「夢魔との戦いは私の勝利に終わった」。
チャコも北斗も、それぞれの願いを叶えた。
貞市さんの生への渇望を利用して、保や雄司など、多くの人間を踏み台にして。
雄司は過去に亡くなっているから。
夕里子さんとは出会ってもいないから。
それが、せめてもの救いなのか?
そうは思えない。
救いなど、なかったと思う。
怖いのは、願いが叶うこと
『火喰鳥を、喰う』を読み終えて、一番残ったのは「願い」というものについてだった。
生きたい。
大切な人に生きていてほしい。
愛する人と結ばれたい。
どれも、人間なら抱いて当然の願いだと思う。
でも、その願いが強くなりすぎると、「そのためなら、他人の人生がどうなってもいい」というところまで行ってしまう。
そして、この物語では、その願いを現実にしてしまう力が存在する。
だから怖い。
現実には、誰か一人の願いだけで世界が書き換わることなんてない。
でも、人間の行動によって、周囲の人の人生が変わることはある。
自分の選択が、誰かの人生に影響を与えることもある。
だからこそ、火喰鳥という怪異は、完全な「外側の恐怖」には見えない。
人間の中にあるものを、極端な形で見せているだけなのかもしれない。
そう考えると、この作品のタイトルも、少し違って見えてくる。
「火喰鳥を、喰う」。
火喰鳥が人間を喰うのか。
人間が火喰鳥を利用するのか。
あるいは、人間の欲望そのものが火喰鳥を生み出すのか。
答えは一つではないのかもしれない。
ただ一つ言えるのは、
自分にとっての幸せを叶えるために、すでにあった誰かの人生を覆していい理由にはならない。
そして、その当たり前のことを、これほど不気味な形で突きつけてくるからこそ、この作品はホラーなのだと思う。
読み終わって怖かったのは、火喰鳥ではない。
「もし、自分の願いが何でも叶う力を持ってしまったら、人はどこまで自分勝手になれるんだろう」
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