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この小説、ほぼ確実に騙されそう。
しかも「フェアに」騙される。
「騙されずに見破れますか?」そんな挑戦状を真正面から叩きつけてくる一冊。
読書慣れした人ほど、「まあ大丈夫だろう」と思って読み始めるだろう。
だが読み終えたあと、多くの人が同じことを言う。
「全く気づかなかった」「まんまとやられた」と。
⚠️ ネタバレに関するご注意
この記事には小説『模倣の殺意』のネタバレが含まれています。
未読の方は、ぜひ予備知識なしで読まれることを強くおすすめします。
中町信さん『模倣の殺意』。
1973年に発表されて以来、半世紀以上にわたって読者を騙し続けている、日本叙述トリックの原点とも言える作品だ。
✔ こんな人におすすめ
- 叙述トリックが好きな人
- どんでん返し系ミステリを探している人
- 『イニシエーション・ラブ』のような作品が好きな人
- 「騙されたい」読書体験を求めている人
作品概要と著者について
著者・中町信は1935年群馬県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、出版社勤務のかたわら創作活動を開始。本作は1973年発表のデビュー長編で、第17回江戸川乱歩賞の最終候補作でもある。
この作品は複雑な出版経緯を持つ。
- 「そして死が訪れる」(応募時)
- 「模倣の殺意」(雑誌掲載)
- 「新人賞殺人事件」(単行本)
- 「新人文学賞殺人事件」(文庫)
- 「模倣の殺意」(復刊版)
一つの作品が複数タイトルを持つという点も、この作品の特異さを物語っている。
あらすじ
七月七日、午後七時。推理作家・坂井正夫が青酸カリによる服毒死を遂げた。密室状態だったことから警察は自殺と断定する。
しかし、それを疑う二人の人物がいた。
- 編集者・中田秋子
- ルポライター・津久見伸助
それぞれ別の視点から調査を進める二人。
やがて彼らは、同じ「坂井正夫の死」に迫っていく——はずだった。
この作品が仕掛ける「二重のトリック」
本作の核心は、二重構造のトリックにある。
一層目:時系列のズレ
中田秋子と津久見伸助の物語は、同時進行に見える。
しかし実際は——
二人が追っている事件は「1年ズレている」のだ。
二層目:同姓同名の別人
さらに決定的なのはここだ。
二人が追っている「坂井正夫」はまったくの別人だった。
同じ名前、同じ職業、同じ死亡状況。
それでも別人。
この構造こそが「模倣の殺意」というタイトルの意味を成立させている。
叙述トリックの原点としての価値
本作が発表されたのは1973年。
叙述トリックという概念がまだ一般化していなかった時代に、
「語りそのものをトリックにする」という発想を完成させている。
読者が当然だと思う前提
- 同じ名前=同一人物
- 同時進行の描写=同じ時間軸
これらを逆手に取ることで、認知そのものを裏切る構造が作られている。
後の叙述ミステリの源流の一つであることは間違いない。
「違和感」の設計が巧すぎる
優れた叙述トリックの条件は、「後から見れば全部書いてある」ことだ。
本作では、随所に「微妙なズレ」が仕込まれている。
- 人物描写の違和感
- 時代背景のズレ
- 会話の噛み合わなさ
みんなどこかで引っかかている。
しかし、それが何なのかを言語化できない。
そして真相を知った瞬間、すべてが繋がる。
この「スッキリと流れる感覚」こそが、本作最大の快感だろう。
強引さはあるのか?
正直に言えば、この作品には賛否が分かれる部分がある。
同姓同名・同職業・同日時の死亡。
ここに「出来すぎ」と感じる人もいるだろう。
ただしこの設定は、単なる偶然ではなく、
作品全体の構造を成立させるための核でもある。
フェアかアンフェアか。その議論も含めて、この作品の魅力と言えるだろう。
時代性と普遍性
本作には1970年代らしい要素もある。
- フィルム写真
- 手紙中心の情報伝達
しかしトリックの本質はそこではない。
読者の認知を操作する構造は、時代に依存しない。
だからこそ、この作品は今読んでも成立する。
再読で完成する作品
この小説は、一度読んで終わりではない。
真相を知った後に読み返すと、
同じ文章がまったく別の意味を持って立ち上がってくる。
「確かに全部書いてあった」
その感覚に気づいたとき、作品が完成する。
「騙されるために読む」価値がある一冊
半世紀前に書かれた作品が、今も読者を騙し続けている。
それは偶然ではない。
叙述トリックという手法を、最も根本的な形で完成させたから作品だからだ。
この作品は、単にどんでん返しがある小説ではない。
「人はどうやって騙されるのか」を証明するための小説だと言える。
未読の方はぜひ、事前情報なしで。
この挑戦状を受け取ってみてください。



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