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昼間に読み始めても、気づけば夜になっている。あるいは夜中に読み始めても、明け方まで本を置けなくなっているような本だった。
⚠️ ネタバレに関するご注意
この記事には小説『眼球綺譚』の核心に触れるネタバレが含まれています。
未読の方はご注意ください。
「読んでください。夜中に、一人で」
大学の後輩から郵便が届いた。「読んでください。夜中に、一人で」という手紙とともに、その中にはある地方都市での奇怪な事件を題材にした小説の原稿がおさめられていて……。
綾辻行人さんの初の短篇集として1995年に刊行されたこの作品。「館シリーズ」や「殺人鬼」シリーズのイメージが強かった私には、違う顔が見えた一冊だった。
- 「由伊」という名前の意味を最後まで考え続けたい人
- 恐怖の中にある歪んだ愛や美しさに惹かれる人
- 読後も不思議な余韻が残る物語が好きな人
7つの短篇、共通する「由伊」という名
この短篇集の最も独特な仕掛けは、全7篇に「由伊(ゆい)」という名前の女性が登場することだ。
それぞれまったくの別人だが、各話に「咲谷由伊」という名前の人物が出てくる。ホラー短編集なのに、共通しているのは女性の名前だけ。献辞に「彼女らに」とあることから、複数の存在であることは示唆されているけれど、その人物は果たして同一人物なのか、全くの別人なのか、あるいは並行世界の存在なのか。読みながらいろいろ考えたけれど、答えは出なかった。
この「答えが出ない謎」が、短篇集全体に漂う霧のような不思議な感触を生み出している。
7人の「由伊」は別人でありながら、どこかで繋がっていると思われる。最終編の表題作「眼球綺譚」に登場する「由伊」が最も存在感を持ち、前の6篇の「由伊」たちの断片を集めて生まれた存在のようにも感じられた。
7篇それぞれの顔
この短篇集は7つの物語から成り、そのトーンは作品ごとに大きく異なる。
今回は全7篇の中から、特に私の心に深く刺さった4つの物語をピックアップしてみる。
「再生」は本書の冒頭を飾る一篇で、難病に侵された妻が「自分は再生する力を持っている」と信じ込み、その言葉を夫が実証しようとする。という歪んだ愛の物語だ。結末の「再生の仕方」への想像外の着地が、強烈な後味を残す。
「特別料理」は本書でも特に「気持ち悪さ」で突出している一篇で、食への異常な執着が最終的に自分自身に向かっていく。「特別料理」が持つインパクトは絶大で、一度読んだら忘れられないのではないか。再読した際に「これだけは覚えていた」という人が多いのも納得だった。
「鉄橋」は怪談の語り口を借りた、「語ることが現実を呼び込む」という恐怖が描かれている。偽の怖い話が現実になってしまうという構造は、怪談の本質的な恐ろしさである「語ることで怪異が発動する」という民俗学的な恐怖観とも重なる。
「人形」は、著者本人を思わせる語り手が、河原で拾ったのっぺらぼうの不気味な人形を家に置いているうちに、語り手自身の身に変化が訪れる物語だ。「ホラー作家が自分自身を主人公にしたホラー」という自己言及的な構造で、著者の美意識が最も色濃く出ている気がした。
表題作「眼球綺譚」の構造的な面白さ
トリを飾るのは、最も長さのある表題作「眼球綺譚」。
倉橋茂は同窓会のため17年ぶりに郷里の街に戻ってきた。街では、ターゲットを殺害して眼球を抉るという連続猟奇殺人事件が発生し、犯人が射殺されたばかりだった。その事件は幼い頃、廃屋となった屋敷の地下室に忍び込んでアトリエ代わりにしていた茂の過去の日々と浅からぬ因縁があった。
この表題作の特徴は、「入れ子構造」にある。
「わたし」と送られてきた小説、小説の中での事件の紐解き。「眼球綺譚」では、謎解きが二重に行われる。現実離れした出来事のなかに論理性があることが、この作品のおもしろいところだろう。
「編集者のもとに届いた原稿」という枠の中で、別の物語が動いている。そしてその物語が、現実の「わたし」の世界と接続されていく。この重層的な構造は、綾辻行人さんのミステリ作家としての本能が、ホラーという素材の中でもしっかり動いていることを示しているように感じた。
「咲谷由伊」が最も印象的に使われているのも、この表題作だと思う。ホラー部分よりも、ラストのどんでん返しにしっかり騙された。
ミステリとしての叙述上の仕掛けと、ホラーとしての「自分の出自が小説として送られてくる」というアイデアが、非常にうまく組み合わさって機能している。
「怪奇・幻想」というジャンルについて
あとがきで著者が語るように、この短篇集は「謎→解決」の構図で作られたホラーだ。ひとつの作品を読み終えるたびに、「あれってこういうことだったのか」と理解できる一方で、その答えがわかった瞬間にゾワッとする感覚がある。
「謎→解決」という構図をホラーに持ち込む。これが、この短篇集全体の設計思想なのだと思う。
ミステリ作家・綾辻行人がホラーを書いたとき、彼は「謎解き」という骨格を捨てなかった。各篇は単なる怪奇趣味に留まらず、「なぜこうなっているのか」「これは何を意味するのか」という問いへの答えを、読後にゾクっとする形で提示してくれる。
ただのホラーではなく、「怪奇小説」「綺譚」という言葉がしっくりくる。怖いだけではなく、「美しい」。異形への慈しみ、歪んだ愛の形、猟奇の中に宿る哀しさなど。綾辻さんが書くホラーには、恐怖だけでなく美が同居しているように思う。
「由伊」という謎の先に
全篇を読み終えて、「由伊」という名前の意味を考え続けた。
7人の由伊は、それぞれ異なる境遇で、異なる役割を持ち、異なる結末を迎える。しかしすべての由伊が、どこか「異界との境目」にいる存在として描かれている気がする。
再生する女、愛欲に囚われた女、奇妙な死を遂げる女。「由伊」は、この世のものではない何かと隣り合わせの存在として、7つの世界を繋いでいる。
ホラーというよりも、どれも独特の世界観の中にある、美しくも奇妙な愛の物語のように感じられた。
怖い話なのか、愛の話なのか。どちらとも言えて、どちらとも言い切れない。その曖昧さこそが、この短篇集の最大の魅力なのだと思う。
読み終えた後、「由伊」という名を耳にするたびに、この7つの物語が浮かんでくるとしたら、それがこの本の呪いの証だろう。
※タイトルは「がんきゅうきたん」と読みます。「奇譚」ではなく「綺譚」。「綺麗な譚(はなし)」という字が使われていることも、この本のテーマを示しているように感じる。



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