映画『NOCEBO/ノセボ』感想・考察|その服は、誰かを閉じ込めて作られた

映画感想

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⚠️ ネタバレに関するご注意

この記事には映画『NOCEBO/ノセボ』のネタバレが含まれています。
未視聴の方はご注意ください。


NOCEBO/ノセボ

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「ホラー映画」と思ってたら、違う映画だった

ダニに寄生された犬の幻影、謎の民間療法、フィリピンからやってきた見知らぬ乳母。予告編を見た限りでは、オカルト系のホラーだと思っていた。恐怖の演出を楽しむ映画として、観はじめた。

だけど観ているうちに、何か違うものが込み上げてきた。「これは怖い映画ではなく、痛い映画だ」という感覚が。

『NOCEBO/ノセボ』(2022年、ロルカン・フィネガン監督)は、ホラーの衣をまとった社会派映画だ。その衣の下には、私たちが日常的に加担している「見えない暴力」への告発が潜んでいる。観終わった後に残るのは恐怖ではなく、居心地の悪い罪悪感だった。

『NOCEBO/ノセボ』
原題
Nocebo
監督
ロルカン・フィネガン
制作 / 公開
アイルランド・イギリス・フィリピン・アメリカ合作・2022年 / 日本・2023年
上映時間
97分
ジャンル
ミステリー / オカルト
鑑賞後トーン
不穏 / 継承
キーワード
呪術 / 恨み / ノセボ

作品情報

2022年製作、アイルランド・イギリス・フィリピン・アメリカ共同製作。監督は前作『ビバリウム』(2019年)で国際的な注目を集めたロルカン・フィネガン。主演は『007 カジノ・ロワイヤル』のエヴァ・グリーン、夫役に『キングスマン』シリーズのマーク・ストロング、そして謎の乳母ダイアナ役にフィリピン出身のシンガーソングライター、チャイ・フォナシエ。

タイトルの「ノセボ(Nocebo)」はラテン語で「私は傷つくであろう」を意味し、「プラセボ(Placebo)」の反対概念だ。プラセボが「偽薬を信じることで体調が改善される」のに対し、ノセボは「悪い影響を信じることで本当に体調が悪化する」という現象を指す。このタイトルがそのまま映画の構造を示している。

こんな人におすすめ!
  • ジャンプスケアより「嫌な余韻」が残るホラーが好き
  • 社会問題を扱った映画に惹かれる
  • 「加害者/被害者」の境界が揺らぐ物語を観たい
  • 観終わったあと考察したくなる映画が好き

あらすじ

アイルランド・ダブリン郊外の豪邸に暮らすファッションデザイナーのクリスティーン(エヴァ・グリーン)は、夫フェリックス(マーク・ストロング)と幼い娘ボブスと優雅な生活を送っていた。子ども向けのファッションラインを手がけ、仕事も順調…のはずだった。

ある日、職場でクリスティーンはダニだらけの犬の幻影に襲われる。そこから8ヶ月、彼女は筋肉の痙攣、記憶喪失、幻覚などの原因不明の症状に悩まされ続けた。

そんなクリスティーンの前に、突然「ダイアナ」と名乗るフィリピン人女性が現れる。「あなたが雇った乳母です」と言う彼女を、雇った記憶はないながらも病気で記憶に自信のないクリスティーンは受け入れてしまう。ダイアナの民間療法はクリスティーンの体調を徐々に回復させ、信頼関係が生まれていく。しかしそれは、一家を襲う悪夢の始まりだった。

どんでん返しの正体

物語が進むにつれ、映像はアイルランドとフィリピンを行き来する。その対比がじわじわと意味を帯びていく。

フィリピン。貧しさの中でも娘を愛して生きるダイアナ。彼女は縫製工場で働いていた。

その工場は、クリスティーンが手がけるファッションラインの生産拠点だった。

「盗難防止のために出口を施錠する」。その一言が、逃げ場を奪った。

老朽化した設備から火花が散り、工場は火災に包まれる。閉ざされた出口。逃げられなかった労働者たち。

その日、偶然外に出ていて助かったダイアナが失ったのは、ミシンの下で待っていた幼い娘だった。

ダイアナが継承した「オンゴ」と呼ばれる呪術。その力を使って彼女がアイルランドまでやってきた理由はただ一つ。クリスティーンに対する復讐だった。

「被害者」と「加害者」の反転

前半のクリスティーンは「被害者」として描かれる。原因不明の体調不良に苦しみ、謎の女性に翻弄される存在だ。

しかし中盤でその構図は反転する。彼女は被害者ではなく、遠い国で人を死なせた側の人間だった。

もちろん彼女は直接手を下したわけではない。「合理的な判断」として指示を出したに過ぎない。

正直ダイアナは逆恨みだと思う。だけど、恨みなどそういうものだろう。

そして、この映画は突きつける。

「意図がなければ責任はないのか」

「ファストファッション」という日常的な暴力

この映画の根底にあるのは、先進国と途上国の搾取構造だ。

安価で手に入る服。その裏側で誰がどんな環境で働いているのか。私たちはほとんど意識しない。

本作の工場火災は、現実に起きた労働災害を想起させる。閉じ込められ、逃げ場を失った人々。

クリスティーンの美しい服は、その犠牲の上に成り立っている。

「ノセボ」というタイトルの多層性

ノセボとは「悪い暗示によって体調が悪化する現象」。

劇中では、ダイアナの民間療法によって一時的に回復し、その後暗示によって蝕まれていく様子が描かれる。

しかしもう一つの読み方がある。

「見ない」という選択そのものが、ノセボではないか。

現実の搾取構造を知りながら目を逸らすこと。それ自体が、誰かを傷つける力として働いている。

ダイアナは「怪物」なのか

前半、ダイアナは不気味な存在として描かれる。

しかし彼女の過去が明かされると、その印象は大きく変わる。

娘を失った母親の怒りと悲しみ。それは極めて人間的なものだ。

だけど同時に、彼女の復讐は無関係な子どもすら巻き込む。

彼女は怪物なのか、それとも被害者なのか。答えは出ない。

ラストについて

クリスティーンはミシンを踏みながら燃え上がり死を迎える。その姿は、かつて工場で命を落とした少女の姿と重なる。

ダイアナは命と引き換えに力をボブスへと受け渡す。

呪いは終わらない。連鎖は続く。

映画館を出た後も続く問い

この映画を観た後、自分の服のタグを確認したくなった。

どこで、誰が、どんな環境で作ったのか。

そしてもう一つの問いが残る。

それを知った上で、同じように選び続けられるだろうか。

あなたが着ているその服は、誰かの犠牲の上に縫われているのかもしれない。

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