わからなくてもいい|特別展『妙心寺 禅の継承』で感じた、650年の継続という奇跡

展覧会・美術館

※本記事にはプロモーション(広告)が含まれています

「禅」と聞いてたじろいでしまった。 難しそう、お坊さんの話かなぁ。そんな気持ちで大阪市立美術館に向かった。

大阪市立美術館
大阪市立美術館(本展会場)前の桜

だけど、気づけば夢中になっていた。

「禅がわかった」わけではない。

ただ、金箔の屏風の前に立ったとき、何かを感じられた気がした。


なぜ「今」妙心寺なのか

本展は、妙心寺第二世・興祖微妙大師の六百五十年遠諱を記念して開催された特別展。

(遠諱=亡くなってから一定の節目の年に行う法要)

京都府京都市右京区にある「妙心寺(みょうしんじ)」は1337年創建、全国に約3,400の末寺を持つ日本最大の禅寺(臨済宗妙心寺派の大本山)である。

「禅」という言葉が世界的なキーワードになった今、その源流のひとつを650年以上守り続けてきた寺の宝物が、大阪に集まった。

会場内の様子
会場内の様子

ポスターに大きく描かれた虎の躍動感から想像した以上に、中に入ると展示の規模と密度に改めて驚いた。

桃山時代の障壁画、鎌倉〜室町の仏像、高僧たちの墨跡、そして普段非公開の寺宝まで。妙心寺の「継続した営み」のあらゆる層が、この一展覧会に凝縮されていた。


まず圧倒された狩野山楽「龍虎図屏風」

目に飛び込んでくるような、重要文化財・狩野山楽(1559〜1635)による「龍虎図屏風」。

六曲一双の屏風で、向かって右側から龍が渦巻く嵐とともに天から降りてくる。 梅の枝や竹がしなり、スピード感がいっそう増している。

左側では四肢を低く落とした虎が身を縮め、牙をむいてそれを迎え撃つ。

金箔の地に切り取られた、天と地の対決の瞬間。

その迫力に、思わず足が止まる。

龍虎図屏風 右隻 龍(狩野山楽筆)
重要文化財「龍虎図屏風」狩野山楽筆(桃山時代・17世紀)妙心寺蔵。
龍虎図屏風 左隻 虎と豹
龍虎図屏風 解説パネル

虎の隣に描かれた豹について、解説パネルには「かつて雌虎とみなされていた」とある。

当時は「虎のメスは豹である」と考えられていたそうだ。

ポスターには虎だけが切り取られているけれど、実物は「龍と虎の対決」として見ることで、はるかに豊かな世界を楽しめる。

龍は天、虎は地。

その宇宙的な対立を禅寺の空間に置く意味についても、考えさせられる。


「千手観音坐像」

千手観音坐像(本尊)
千手観音坐像 解説パネル

展示の中で個人的に最も長く足を止めたのが、鎌倉時代後半から南北朝時代(14世紀)にかけて作られたと伝わる「千手観音坐像」だった。

千手観音坐像(念持仏)
千手観音坐像(木造漆箔・鎌倉時代後半〜南北朝時代頃、滋賀・妙感寺蔵)
千手観音坐像(念持仏)解説パネル

本堂(観音堂)の本尊として安置される「千手観音坐像」

厳かでとても慈しみ深い表情に、思わず両手を合わせて見入ってしまった。

妙感寺にはもう1体の「千手観音坐像」が伝わっている。 この像は決して大きくない。

しかし二重の厨子の中に鎮座するその姿には、 「大切に守られてきた時間の重さ」 が見えるような気がした。

解説によると、微妙大師が後醍醐天皇の念持仏と伝わる千手観音を安置するために建立した堂が始まりだという。

像の表面は小像のため不明瞭な部分もあると記されていた。

だが私は、その 「正確にはわからない」 という説明にむしろ惹かれた。

美術館の解説に「わからない」と書かれていると、わからなくてもいいんだと安心した。


金箔の屏風群

展覧会全体を通じて印象的だったのは、金箔を贅沢に使った障壁画や屏風の数々だった。

金地牡丹図屏風
牡丹(右隻)と梅花・竹・椿(左隻)
花卉図屏風
花卉図屏風 解説パネル

「花卉図屏風」

海北友松筆「花卉図屏風」

金箔の地に白や淡紅の牡丹が咲き誇る。 春から初夏の豊饒さそのものを見ているような右隻。

対する左隻は、竹や椿、梅など冬から早春へ向かう静かな季節。

牡丹の華やかさと並べることで、 季節が循環していること が見えてくる。

最初は少し戸惑った。

禅寺と聞いて想像するのは、質素で簡素な空間だから。

だけど実際の妙心寺は、こうした障壁画を含めた空間全体で禅の世界が表現されている。

豪華さと精神性は、必ずしも対立するものではないのかもしれない。


「守る」とは何か

展覧会のタイトルにある 「禅の継承」 という言葉が、見終えた後も頭に残った。

これだけの寺宝が650年以上にわたって守られてきた。

戦乱の時代も、廃仏毀釈の波も乗り越えながら。

おそらく多くの人が、それぞれの時代に「守る」という判断を繰り返してきた結果が、この展覧会であり、そのおかげで、私はこの場で美術品の数々を目にすることができた。

無数の小さな判断の積み重ねが、650年という時間の正体なのかもしれない。

  • 仏像は「使われていた」
  • 絵画は「空間の一部だった」
  • 書跡は「言葉のある生き物だった」

文化財は突然「残る」のではない。

誰かが残そうと決めたから、残そうと尽力したから残る。

その当たり前の事実を、改めて思い出させてくれた。


「禅はわからない」でも、いい理由

見終えても、禅がわかった気はしない。

だけど、 「この展覧会に来てよかった」 とは確かに思った。

金箔の屏風の前に立つと、「これを作った人の時代」と「これを見ている今の私」の間に、不思議な連続性が感じられる。

絵画は変わっていない。

変わったのは、その前に立つ人間だ。

そういう感覚は、美術館でしか得られない体験だと思う。

禅は最後までよくわからなかった。

それでも、650年守られてきたものの前に立った時間は確かに残った。

もしかすると、この展覧会に必要なのは「理解」ではなく、 向き合うこと であり、

そのためなら、

禅はわからなくてもいいのかもしれない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました