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⚠️ ネタバレに関するご注意
この記事には小説『悪いものが、来ませんように』のネタバレが含まれています。
未読の方はご注意ください。
何かがおかしい
最初から「何かおかしい」と感じていた。
でも何がおかしいのかがわからない。紗英と奈津子の関係が、普通の友人関係とは少し違う気がする。距離感が近すぎる気がする。でも何がどう違うのかを言葉にできないまま、ページをめくり続けた。
そしてある一行で、全てが変わった。
芦沢央さんの『悪いものが、来ませんように』(KADOKAWA)は、そういう読書体験をもたらす小説だ。読んでいる間中、漂い続ける不穏さの正体が終盤に明かされる瞬間の衝撃は、「やられた」という言葉以外で表現するのが難しい。帯に「99%の人が読み返す」と書かれているのも、誇張ではないと思う。
作品概要
著者は芦沢央(あしざわ・よう)。本作は2014年に単行本、2016年に文庫化されたイヤミス系心理サスペンスで、長編2作目にあたる。
小野不由美さんの推薦文が寄せられており、湊かなえ作品を想起させるという声も多い。
あらすじ
助産院の事務として働く紗英は、不妊と夫の浮気という二重の苦悩を抱えている。
唯一心を許せる存在が、友人の奈津子だった。
奈津子は幼い子どもを育てながら、家庭の問題に疲弊している。ふたりは互いに強く依存し合う関係を築いている。
そんな折、紗英の夫が他殺体で発見される。
事件をきっかけに、ふたりの関係は大きく揺らぎ始める。
- 最後の一行で反転する「叙述トリック」を味わいたい人
- 愛という名の「支配」や、歪んだ母娘関係の物語に興味がある人
- 「イヤミス」が好きな人
「違和感」の設計という技法
この作品の核心は叙述トリックにある。ただしそれは事実を偽るものではなく、「読者が自然に誤読する構造」を作るタイプだ。
登場人物の年齢や関係性はあえて曖昧にされ、読者は無意識のうちに「親密な友人関係」と解釈するよう誘導される。
特に「なっちゃん」という呼称は、その誤読を成立させる重要な装置として機能している。
真相を知った後に読み返すと、すべての違和感が再構築される設計になっている。
「一卵性母娘」という関係の歪み
この作品が描いているのは、過剰に密着した親子関係の歪みである。
いわゆる「一卵性母娘」と呼ばれる関係は、親密さの裏で自立を阻害する危うさを持つ。
奈津子は愛情を根拠に、娘の生活に深く介入し続ける。
その行動は善意でありながら、結果的に娘の自立を奪う方向へと働いていく。
紗英のコンプレックスの形成
紗英の自己評価の低さや依存的な傾向は、長年の関係性の中で形成されていく。
常に母的存在に判断を委ねる環境は、自分で決断する力を弱めていく。
その結果として紗英は、他者との関係の中で自分の位置を見失いやすくなっている。
「気持ち悪い」のに止まらない読書体験
本作の感想として多いのが「気持ち悪いのに読んでしまう」という矛盾した評価である。
これは違和感の正体を知りたいという欲求が、読書の推進力として働いているためだ。
登場人物の誰にも共感できないことが、逆に観察者としての没入感を生んでいるのではないか。
タイトルの多層的な意味
『悪いものが、来ませんように』。
この言葉は、親が子どもの無事を願う、ごく普通の祈りの言葉に聞こえた。
奈津子もまた、「悪いもの」から娘を守ろうとしていた。紗英を傷つけるもの、不幸、孤独、不安。そういう外側の脅威から、必死に守ろうとしていた。
しかし読み終えた後、その意味が反転する。改めて表紙のタイトルを見返して、ぞっとした。
本当に恐ろしいのは、外から来る“悪意”ではなかった。
最も近くにいる人間の、善意の形をした執着。愛情という名前で正当化された支配。守りたいという気持ちが強すぎるあまり、相手を「自分なしでは立てない存在」にしてしまうこと。
奈津子は「悪いもの」を遠ざけようとしていた。だがその過剰な愛情そのものが、いつしか紗英にとっての「悪いもの」へと変質していたのではないか。
そう考えた瞬間、このタイトルは単なる不穏なフレーズではなく、この小説全体を貫くテーマそのものだったのだと気づかされる。
しかも残酷なのは、奈津子自身には悪意がないことだ。
だからこそ怖い。
「悪いもの」は、最初から悪い顔をして近づいてくるわけではない。優しさや愛情の姿をして、いつの間にか人を縛っていく。
読み終えた後にもう一度タイトルを見ると、祈りの言葉だったはずなのに、どこか呪いのようにも見えてくる。
この小説の評価が分かれる理由
評価が分かれる理由は明確である。
叙述トリックとしての構造に重きを置くか、テーマとの結びつきを重視するかで印象が変わるためだ。
トリックの驚きと物語の主題の接続性については、読者ごとに解釈が分かれるポイントとなっている。
「悪いもの」はどこから来るのか
読み終えた後に残るのは単なるどんでん返しではない。
愛情と依存の境界、守ることと縛ることの曖昧さである。
それは外から来るものではなく、人間関係そのものの中から生まれる可能性がある。



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